ならば、私は器になろう。

岡山市に住まう新たな「器」。 フル=フロンタルをはじめとする、多くの人々の思念を受け止める「器」としての役割を忠実に果たしたく思う。 人々の思念が集まれば、再び奇跡は起きるのかもしれない。

ならば、私も器になろう。


スポンサードリンク

ニュータイプになればあの暖かな光をもって時間さえ支配できる。

 

それは夢だ。
地球を包んだあの虹を見ても人々は変わらなかった。これからも変わることはない。
心理からは遠く、光を超える術すら手に入れられず、届く範囲のスペースで増えては滅ぶ、それが人間だ。
導く必要はない。その価値はない。

 

ならば私は器になろう。
空になったこの体に、人の総意を引き受け彼らが願うところを願うとしよう。

 

ニュータイプ、可能性はもういらない。
無為な存在はそれに相応しく、小さく持続できる環境をくれてやろう。
おかしなものだ、これではまるで復讐を誓ってるようではないか。

 

誰のための復讐だ。
シャア?それもいい。
人がそう望むなら私はシャアになろう。 

 

フル・フロンタル赤い彗星の再来。

響きは悪くない。可能性を捨てた人類には似合いの響きだ。

 

永遠の縮小再生産とその果ての閉塞。準備は整っている。
見せてもらおうか新しいガンダムの性能とやらを!

 

今もその思念がこの世の中を漂っているならば。
おもしろい。

 

ならば、私も器になろう。
その思念を受け継ぐ者が、大都会岡山に存在してもよかろう。